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ドス黒い衝動は人間誰しもが持っているんだけど、そういう衝動が強い人ほど、クリエイターに向いていると思う。<希望><妄想>ってのは紙一重
さぁ、例えば世界中のガン患者が助かる特効薬を作るのは、<希望>として人類に有益だから、その何もかも捨てて研究に没頭しても賞賛されるけど、俺が
『DEAD RISING』で凄いスーパープレイを目指して特訓しても、誰も誉めてくれない。それは個人的欲求と妄想だからね。でも、衝動のベクトルはどっちも同じなんだけどね。
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そういう耐性ってのはさ、人間が元々動物である証拠なんだよね。動物的な衝動を抑える訓練ができるのが人間なんだよ。昔はそれこそ空き地や川で遊んで、そういう<殺育>が学べる現場があったんだけど、今はもうないから。だからゲームで学ぶべきなんだよ! しかも『DEAD RISING』の場合は、山口監督が指摘した通り、人間の本性とか醜さがしっかり物語に描かれているじゃない。そこがいい。なんかさ、女の子を捕まえて飼育するようなゲームもあるじゃない? そういうのはダメ! なぜなら妄想を強化しちゃうからね。歪んだ支配欲求を助長するようなゲームは個人的には反対だよ。
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やはり<殺育>していかないと、命の尊さとか学べないワケ。カエルを爆殺したら、その瞬間は楽しいかもしれないけど、もう内臓とかグチャグチャになったカエルの屍体なんかを見ると、空しくなるの。その空しさを学ばないといけないんだよね。命を奪う行為の空しさを知らないで育った人間は、大人になって情緒を制御するのが難しくなるの。ちょっとしたショックで精神的に不安定になっちゃう。
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俺ね、思ったんだけど、やっぱりこういう『DEAD
RISING』みたいな残酷なゲームはいけないって風潮があるけど、それは大きな間違いだと思うんだよ! 俺が子供の頃はさぁ、ゲームなんかないから、も
う野原で遊んで昆虫を捕まえて踏みつぶしたり、カエルに爆竹仕込んで爆発させて殺したりとか、色々悪いイタズラをやったもんだよ。でも、そういうところか
ら学べる部分って沢山あるの。俺はソレを<殺育(さついく)>と呼んでいるんだけどさぁ。
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結局さ、『DEAD RISING』でもロメロの映画でも、ゾンビの恐怖ってのは、敵をナメきっている人間に対する恐怖なんだよ。<人間が人間であればこそ>という部分の弱点を突いてくる。そこがものすごく怖い。
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ほら、最近のゾンビって<走る>でしょ? 僕は個人的に<走るゾンビ>は好きじゃない。やはり静かに、しかも津波のように押し寄せる恐怖がゾンビの本質でしょ。
Aug
18th
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